だいぶ大人のイギリス留学日記

ロンドン郊外で学部生をしています

母国語を想う

今日はこちらに来て初めて同じ大学の日本人の女の子と会ってお話をしました。

いやー、中々緊張したけど、嬉しかったなあ、、久々に日本語で話しまくった。

普段頭の中では英語→日本語→英語みたいな感じで翻訳して暮らしているので(英語を聴いて感覚的に理解して受け答えができるまでには至っていない訳です)、耳から入って来る言葉を翻訳せず理解しスルっと話が出来るってすごいわぁ、、、って感動した訳です、母国語つよい。

それと同時に普段やはりストレスが溜まってるんだなーと思った訳です。沢山話したことで何かフッと気持ちが軽くなったと言うか、気持ちが前向きになると言うか、そんな感じがしました。日本語サイコー、日本語愛してる!!!

 

Pre-sessionalの頃から周りには日本人がいなかったし、1人ロンドンに日本人の友達がいるけれど、普段は仕事をしているし、しょっちゅうしょっちゅうは会ったり話したりは出来ない。親に電話するのも引っ越してからはWi-Fiが入りにくいので電話していないし、日本の友達とは主にLINEをしているので日本語を話す、という機会は極端に少なかったりします。

 

これは勉強環境としては非常に喜ばしく恵まれた環境ではあるとは思うけれど、母国語を大分後ろの方において日々英語に浸かって暮らしてるとたまにどうしようもなく虚無が訪れる。これは要するに母国語を使えない事へのストレスと寂しさ等が相まって心に何か重々しい重りが引っかかって息がしづらいような、表現するのは非常に難しいけれど、そんな感じでなのです。

 

これは以前マンチェスターで暮らした時も味わった感覚。その時は無性に日本語の活字に触れたくて、街の図書館に通い、片っ端から日本語の本を借りて貪るように読んでいた。日本を出る前、私は正直小説や活字に親しむタイプではなかったし、映像や漫画と言ったものの方が好きだった、けれど「無い」と言うストレスは凄いものである、とにかく活字が読みたくて、英文字以外の母国語の活字が読みたくて仕方なく、図書館に行ったら結構外国語の所に日本語の本がわんさかあり、天国かよ?と思ってそこでよく過ごすようになっていたのです。

その際にハマったのが村上春樹。彼の文体は正直結局何が言いたいのかわからないような感じのものが多々あるけれど(好きな方は申し訳ない、いや私も好きなんですよ)、逆にそこが当時の私には相当キタというか、ハマったというか、浮遊する感じが自分の気持ちにシンクロして心地よかったのを覚えている。

特に「ノルウェイの森」はほんとにハマった、私は何度もあの本を借りたものです。

 

ちょっと脱線したけど、、、

日本を離れ遠く外国の地に暮らすと言う事は色々な母国に対する欲求が高まるのだと思うのですが、私は今、要するにどうしようもなく母国語を想い、欲する瞬間が来ているのだと思います。いくらメディアが発達して、情報はいくらでも入るし話そうと思えば日本に住んでる友達や家族と話す事は可能だけれど、そうではなく、私の近くで同様に暮らし感じ生きている存在と言うのはまた違うし、特別な訳です。それは同じ土俵にいるからこそ分かりあえる何かがあるからです。

そんな中、沢山同じ学校の人と日本語が話せたので、あー、母国語楽だわ、学校の話日本語で出来るわ、変な奴の話日本語で出来るわ、楽しいわ、意思疎通簡単だわ、日本語美しいわ、心が満たされて行くわ、、、とふつふつと感じました。

 

自分で望んで留学に来てるけれど、ずっと母国語が話せないって言うのはこんなに辛いものなのかと、また実感した次第です。この出会いは大切にしたいです。

 

 

沢山日本語を話して満たされて家に帰ったら中国人の友達が中国のチヂミみたいのを作ったので取りに来て、というのでお部屋まで行って食べながらアホ話をしながら笑った笑った、これも非常に大事な時間です。

Pre-sessionalの時のフラットメイトたちが今2人同じところに住んでいるのですが、同じところに住んでいる子も、他の寮に住んでいる子たちも含め、いつも沢山助けられています。日々楽しく過ごせたのは彼女たちのお蔭だし、今も仲良くしてくれてるのでほんと彼女たちも大きな支え。私の周りに日本人がいないのを孤独なのでは、といつも心配してくれていたし、私たちがいるよ、と言ってくれたのも彼女たち。

意思疎通するのがたまに難しく、漢字で意思を伝えあったり、ゼスチャーで一生懸命伝えあったりすることもあるけれど、それでも私たちは友達で良い仲間として付き合いが続いている。彼女たちとは英語無くしては意思疎通は出来ないので英語は私たちにとって大事な言語でもある。一日で母国語を想い、尚且つこの国で暮らすには英語も当たり前だけどすごく大切だ、と思う、そんな日となりました。

 

今の私の生活を潤すには母国語も、英語もどちらも大事でなくてはならないものだし、どちらが欠けても幸せではないのだわ、と思います。日本語に依存し過ぎるのも良くはないと思いますが、やはり母国語は自分の中心にあるんだなって思ったんですよね、今日。なので触れる機会、話す機会が増えるのはほんとにありがたい事です。

 

基本無理せず、日本語しゃべりたいとか、活字読みたいとかそういう欲求を覚えた際には欲求に従って生きた方が良いわー、と勝手に納得しました。自分が無理なくいられるのが一番ですねっ。